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水戸地方裁判所 昭和49年(ワ)345号 判決

昭和四九年(ワ)第一七九号事件、同年(ワ)第三四五号事件

原告 山西儀一

〈ほか四名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 飯田淳正

昭和四九年(ワ)第一七九号事件被告 株式会社石崎製作所

右代表者代表取締役 石崎秀雄

同 石崎秀雄

昭和四九年(ワ)第三四五号事件被告 合資会社石崎

右代表者無限責任社員 石崎秀雄

同 石崎智之

被告ら訴訟代理人弁護士 鈴木英夫

主文

一  被告株式会社石崎製作所、同合資会社石崎、同石崎智之は、各自、つぎの金員を支払え。

1  原告山西儀一に対し、金四六六万九七八九円および内金四四六万九七八九円に対する昭和四七年二月一五日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員

2  原告山西雅子に対し、金二八三万四八九四円および内金二七三万四八九四円に対する昭和四七年二月一五日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員

3  原告山西節子、同山西麗子、同山西由美子に対し、各金一八三万四八九四円および内金一七三万四八九四円に対する昭和四七年二月一五日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員

二  原告らの被告株式会社石崎製作所、同合資会社石崎、同石崎智之に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告らの被告石崎秀雄に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告山西儀一と被告株式会社石崎製作所、同合資会社石崎、同石崎智之との間においては、これを五分しその四を同原告の負担としその余を同被告らの負担とし、原告山西節子、同山西雅子、同山西麗子、同山西由美子と被告株式会社石崎製作所同合資会社石崎同石崎智之との間においては、これを二分しその一を同原告らの負担としその余を同被告らの負担とし、原告らと被告石崎秀雄との間においては原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり、いずれもかりに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告らは、各自、原告山西儀一に対し、金三、一二六万八三一八円および内金二、八四二万五七四四円に対する昭和四七年二月一五日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告らは、各自、原告山西節子、同山西雅子、同山西麗子、同山西由美子に対し、各金四九八万三二八六円および内金四五三万〇二六〇円に対する昭和四七年二月一五日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は、被告らの負担とする

(四)  仮執行の宣言

二  被告ら

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  訴外亡山西イヱは、昭和四六年四月六日から被告合資会社石崎(以下被告合資会社という。)に事務職員として勤務していたものであり、被告合資会社と被告株式会社石崎製作所(以下被告株式会社という。)とは、各種給排水器具の製造、加工および販売を目的とし、共同して事業の執行に当っていたものである。

(二)  事故の発生

右イヱは、つぎの事故により死亡した。

1 発生時 昭和四七年二月九日午前九時四〇分ころ

2 発生場所 茨城県東茨城郡茨城町宮ヶ崎字根崎一、四二八番地所在被告株式会社第一工場内

3 態様 訴外石井要が旋盤で直径二・二センチメートル、長さ一・五ないし二メートルの真ちゅう製パイプを六センチメートルの長さに切断加工中、右イヱは、旋盤本体より外部に突出した右パイプの振動を防止するため両手で右パイプを支えていたが、突然右パイプが曲り、その前頭部を右パイプで強打された。

4 死亡の原因日時 イヱは、右の事故で脳挫傷、頭蓋骨々折の傷害を受け、昭和四七年二月一四日死亡した。

(三)  責任原因

被告らは、それぞれつぎの理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

1 被告合資会社、同株式会社

訴外片桐忠喜は被告両会社の使用する現場責任者である。ところで旋盤で真ちゅう製パイプを切断加工する場合、旋盤本体より外部に突出したパイプを作業員に支えさせることは、そのパイプが一分間に八三〇回も回転しているため危険であり、経験のない者に従事させるときは事故の発生が予想されるから、素材のパイプを短かく切断した上で旋盤による切断作業を実施させるか、または前示のような方法でパイプを切断する場合は、これを支える作業を、事務職を専門とし、工場作業員でなくかつ前示のような作業経験のなかった山西イヱに担当させるべきではなかったにもかかわらず、以上の注意義務を怠たりイヱを、右作業に従事させた過失がある。

従って、被告合資会社同株式会社は、右片桐の使用者として同人の右不法行為により生じた損害を賠償する義務がある。

2 被告石崎秀雄、同石崎智之

(1) 被告秀雄は、同合資会社の無限責任社員および同株式会社の代表取締役の地位にあり、いずれもその統括責任者である。

被告智之は、被告合資会社の有限責任社員および同株式会社の監査役の地位にある。しかし、右智之は、被告株式会社において実質的にはいわゆる専務取締役の立場にあり、生産、労務を管理していた。

ところが被告秀雄、同智之は、単に生産量をのばすことだけを考え、片桐が前記のような作業方法を採用するのを放任し、未然に事故の発生を防止する措置を講ぜさせなかった管理者としての過失があり、不法行為責任を負う。

(2) かりに右主張が理由がないとしても、被告秀雄同智之は、被告株式会社の管理者としての職務を遂行するについて、重大な過失により前記のような作業方法を採用しているのをそのまま放任したのであるから、商法二六六条の三により本件事故の結果生じた損害の賠償責任がある。

(3) また、被告秀雄は、被告合資会社に後記損害の賠償能力がないから、被告合資会社の無限責任社員として賠償義務を有する。

(四)  損害

1 亡イヱの損害

(1) 逸失利益 金一、九一七万一二六三円

(イ) 亡イヱは、旧制高等女学校を卒業しているので、昭和四七年二月一四日以降二年間は、一ヵ月の収入を昭和四八年度の賃金構造基本統計調査による全企業女子労働者(旧中、新高卒)の平均賃金を基準として金一一万円とし、昭和四九年二月一四日以降は、同年春斗以降の賃金上昇率を斟酌し一ヵ月の収入を金一五万円とする。

(ロ) 生活費は、その扶養家族数にかんがみるとき収入の五分の一とするのが相当である。

(ハ) 稼動可能年数は、死亡当時満四七才であったから、平均余命は三一・三六年であり、この間六七才まで二〇年間とするのが相当である。

(ニ) 以上により亡イヱの得べかりし年間利益額を算出し、ホフマン式計算法により年毎に年五分の割合による中間利息を控除し現価を算出すると、その金額はつぎのとおり金一、九一七万一二六三円となる。

(A) 150,000×4/5×12×13.616=19,607,040

(B) 〔(150,000×4/5)-(110,000×4/5)〕×12×18.614=535,777

(A)-(B)=19,171,263

(2) 原告らの右損害賠償請求権の相続

原告儀一は亡イヱの配偶者、原告節子、同雅子、同麗子、同由美子はいずれも亡イヱの嫡出子であるから、右損害賠償請求権を法定相続分に応じ相続した。

2 原告儀一の損害

(1) 家政婦雇入費用 金一、九一七万一二六三円

イヱの死亡により原告儀一が、重症障害児である原告雅子の世話を親権者としてしなければならないところ、そのためには家政婦を必要とするので、同原告は本件事故の結果、イヱの死亡後二〇年間の家政婦の雇入費用相当額の損害を被ったことになる。ところで家政婦の雇入費用は、昭和四七年二月一四日より二年間は月額金八万八〇〇〇円、昭和四九年二月一四日以降は、月額金一二万円を基準として費用年額を算出し、ホフマン式計算法により年毎に年五分の割合による中間利息を控除すると金一、九一七万一二六三円となる。

(2) 葬儀費 金二〇万四〇六〇円

葬儀費総額は金六〇万円であるが、被告株式会社から葬儀費として金三〇万円、労災保険から葬祭料として金九万五九四〇円(合計金三九万五九四〇円)を受領したので、差引残額は金二〇万四〇六〇円となる。

(3) 慰藉料 金二六六万円

3 原告節子、同雅子、同麗子、同由美子の損害

慰藉料 各金一三三万五〇〇〇円

(五)  遺族補償年金の支給

原告らは、イヱの死亡により労災保険から遺族補償年金として金四七万九二〇〇円の支給を受けたので、これを亡イヱの損害(逸失利益)に充当する。

(六)  弁護士費用

以上のとおり、被告らに対し、原告儀一は、金二八四二万五七四四円、その余の原告らはいずれも金四五三万〇二六〇円の損害賠償請求権を有するところ、被告側の損害賠償案は少額かつ分割支払いという内容であって到底原告らを満足させるに足りないものであったから、やむなく原告らは、原告ら訴訟代理人に本件訴訟を依頼した。したがって原告らの、右各賠償請求金額の一割に相当する金額が、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(七)  よって原告儀一は、金三、一二六万八三一八円および内金二、八四二万五七四四円に対する履行期の経過したのちである昭和四七年二月一五日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告節子、同雅子、同麗子、同由美子は、いずれも金四九八万三、二八六円および内金四五三万〇二六〇円に対する履行期の経過したのちである昭和四七年二月一五日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因第(一)項中亡山西イヱが本件事故発生当時、被告合資会社に事務職員として勤務していたとの事実は否認し、その余の事実は認める。山西イヱは、被告合資会社が原告主張の日に雑役兼事務補助として雇入れたもので、入社後の仕事の内容も主として工場内の技術を必要としない軽作業およびその他の雑役であり、事務は殆んど執っていなかった。また、本件事故発生当時、山西イヱは被告株式会社の従業員であり、その仕事の内容もみぎと同様であった。

同第(二)項の事実は認める。

同第(三)項について

1の事実のうち、訴外片桐忠喜が、被告株式会社同合資会社の使用する現場責任者であることを認めるが、同人に原告ら主張のような過失責任があるとの点争う。

2の(1)の事実のうち、被告秀雄、同智之が被告合資会社同株式会社において、原告主張の役職についていたとの点、被告智之が被告株式会社において、その営業・製造・総務・経理など経営全般にわたる統括者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

2の(2)の事実は否認する。

2の(3)の事実のうち、被告秀雄が被告合資会社の無限責任社員の地位に在ることは認めるが、その余の点は争う。

同第(四)項について

1の(1)の点は争う。亡イヱの被告株式会社における本件事故当時の給与は、日給一五〇〇円で、事故前三箇月間(昭和四六年一一月から同四七年一月)に被告合資会社が同女に支払った給与総額は金一一万〇〇五一円であり、一箇月の平均給与は金三万六六八四円であった。さような有職者の場合は、事故前の収入を基礎として将来の収入見込を算定して逸失利益額を求めるべきである。

1(2)のうち原告らの家族構成の点は認めるが、その余は争う。

2の(1)の事実のうち、原告雅子が重症障害児であって日常生活に他人の助力を必要とすることは認めるが、その余の事実は否認する。

2の(2)の事実のうち、原告儀一が亡イヱの葬儀をいとなむため金六〇万円を要したとの点を否認する。

被告株式会社は原告儀一に対し、金三〇万円を支払ったほか亡イヱの葬儀当日葬儀万端を取り仕切る世話人に対し、雑費として金三万円を支払った。

また同原告は労災保険から金九万五九〇〇円の葬祭料の支給を受けた。

2の(3)の点を争う。

3の点を争う。

同第(六)項のうち、損害額の点を争う。

三  抗弁

(一)  過失相殺

亡山西イヱは、本件事故発生当時、現場責任者である片桐忠喜から指示された通りの方法で作業を行なっていなかったかあるいは作業上の注意を怠った。みぎの過失が本件事故発生の一因をなしているので過失相殺を主張する。

(二)  遺族補償年金の支給

原告らは昭和四七年八月二二日労災保険法による遺族補償年金の前払金として金四七万九二〇〇円の支給を受けている。また原告らは同法による遺族補償年金として将来年額金二四万〇四九八円の支給を受けることが確定している。したがって原告らの受給額は最低金一五〇万円を超えるものと考えられるから、右金額は原告らの損害賠償請求額から差し引くべきである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  亡イヱが、昭和四六年四月六日被告合資会社に入社したこと、被告合資会社と被告株式会社とは、各種給排水器具の製造・加工および販売を目的とし、共同して事業の執行に当っていたこと、片桐忠喜が被告合資会社同株式会社の使用する現場責任者であったことは当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫を総合すれば、つぎの事実が肯認できる。

被告合資会社茨城工場(茨城県東茨城郡茨城町大字宮ヶ崎字根崎一、四二八番地所在)においては、かねてから水道管の逆止弁装置(スモーレンスキーチャッキバルブ)の部品を製造しており、そのうち第一工場においてはその製造加工が行われていたが、昭和四六年秋以降は、東京の本社から、佐々木金属株式会社の製造した長さ約二米、外径二二耗、肉厚三・三耗の真鍮パイプをターレット旋盤LS三型(桐生機械株式会社製)を使用して切断し長さ五七耗の真鍮パイプ(被告合資会社のいわゆるコマパイプの素材)を作る作業が月平均二日程度行われていた。みぎのターレット旋盤によるパイプの切断は、パイプを旋盤主軸本体の差込口(地上高約一米)に差込み、三方からチャック(加工物を固く掴む一種の回転万力)の爪で締付けて主軸に固定したうえ、回転するパイプにバイト(刃)を当てて切断するもので、その回転速度は、主軸速度変換レバーの操作により八段階に変速することができるが、高速回転させるほどパイプ切断面の仕上りが滑らかとなるものであった。ところで、第一工場の主任片桐忠喜は、みぎの切断作業にあたって、ターレット旋盤の操作を担当する者のほかに補助作業員を付けたが、それはつぎのような理由によるものである。すなわち、パイプを切断するためには前示のように、これをターレット旋盤の主軸本体に差込むのであるが、パイプのうち主軸本体に納まる部分は長さ約九〇糎であるから、二米前後の長さのパイプを切断する場合は、主軸本体の差込口から外部に約一米はみ出ることになるが、パイプが高速回転すると、そのはみ出たパイプは遠心力により振動しながら回転し、その振巾は遠心力との相乗作用により急激に増巾し遂に差込口のところで折れ曲ることになる。これを防止するためには、パイプの外部にはみ出た部分の回転軸を主軸の延長線(直線)またはその附近に維持する((被告石崎智之のいわゆる同芯に保持する))ことが必要である。この作業を補助員に実施させたわけである。

ところで本件事故は、第一工場の作業員石井要が長さ約二・二米外径二二耗肉厚三・三耗の真鍮パイプを切断するため、茨城工場の第一課長片桐忠喜が主軸の回転数を一分間八三〇回にセットした前記旋盤を操作し、山西イヱがその補助者としてパイプの主軸本体から外部にはみ出た部分を保持する作業に従事していた間に惹起されたものである。

三  被告らの責任

(一)  被告合資会社同株式会社の使用者責任について

1  昭和四七年二月九日被告合資会社同株式会社が使用する現場責任者である片桐忠喜から命じられた山西イヱが、前示作業に従事中、本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫を総合すると、被告合資会社は昭和四四年一二月前示茨城工場を設けたが、同四七年二月一日被告株式会社が設立されると同時にみぎ工場の営業はそのまま被告株式会社に引継がれることとなり、同時に被告合資会社は、前示水道管の逆止弁装置の部分の加工を被告株式会社に委託し、その工賃を同会社に支払う建前を採ったのであるが、本件事故は、被告株式会社が設立されてから旬日を出ず、被告らの主張によれば茨城工場の事業が被告合資会社から被告株式会社に引継がれる過程のなかで発生したものであって、当時、片桐忠善は職制上被告株式会社茨城工場の第一課長の地位に在ったが、前示第一工場の現場責任者として、委託者である被告合資会社および受託者である被告株式会社双方の事実上のいわゆる専務取締役の役割を果たしてきた被告石崎智之の指揮監督のもとに従事していたことが肯認できる。

さようなわけで、被告合資会社同株式会社はいずれも、片桐の第一工場の現場責任者としての不法行為について、使用者責任を免れないものといわなければならない。

2  そこで、片桐忠喜の過失責任の有無について、検討をすすめることとする。

≪証拠省略≫を総合すると、片桐忠喜は、被告株式会社茨城工場の加工部門を担当する第一課長として第一工場における作業の段取り、人員配置等を決定し、特に旋盤その他の機械設備の操作については直接作業員を指揮監督する立場に在ったことが肯認できる。

ところで上来説明したように、ターレット旋盤を操作して一分間八三〇回の高速回転を続ける真鍮パイプを切断する場合、パイプの主軸本体の差込口から外部にはみ出た部分は、遠心力によりその振動が増巾するわけであるが、≪証拠省略≫を総合すると、前示の遠心力の大きさは、パイプの回転速度、長さ、外径、肉厚、硬度、重量、仕上りの良否(ゆがみの有無など)等の各種条件により異なってくるし、遠心力が大きければ、パイプの振動も相乗作用により急激に増巾するものであること、このパイプを保持しその振動を押える補助者の作業は、前示のように、この外部にはみ出たパイプの回転軸を主軸の延長線附近に維持することを主要な内容とするものであるが、本件事故発生当時は、片桐の指導のもとに直径四糎の鉄パイプをみぎ素材パイプに通し鉄パイプを手で保持する方法を採用していたが、さような方法で素材パイプを保持する補助作業に従事した従業員自身、鉄パイプを通して相当な、振動による抵抗を感じ、これを抑制するためには相当な力を必要とし、危険な仕事であると感じていたことが肯認できる。以上説示したところに徴しても明らかなように、みぎのようなパイプを保持する作業は、パイプの具備する前示の諸条件によっては極めて危険であり、かつ瞬時の精神的弛緩をも許さない危険な作業であることは否定できないし、そもそも主軸の回転エネルギーにより生ずる振動を作業員の手によって一定の振巾内に制御するというような方法は、時代錯誤の誹りを免れないであろう。また≪証拠省略≫を総合すると、昭和四六年夏ごろ第一工場の従業員小田倉富男が前示ターレット旋盤を操作し直径三〇耗長さ一米余の真鍮丸棒の切断を開始したところ、主軸差込口から外部にはみ出た長さ約三〇糎の部分が遠心力によって曲がり、瞬時にして捻り切れて飛び、工場の屋根を突き破るという事故を片桐自身経験しているのであるから、同人自身素材の有する前示のような諸条件の如何によっては回転によって生ずる遠心力が如何に強大なものであるかは認識していた筈である。

他方、前顕諸証拠を総合すると、ターレット旋盤によりパイプを切断する場合、予めパイプを一米前後の長さに切断しておけば、主軸本体から外部にはみ出る部分が一〇糎程度にとどまり、前示のようなパイプを保持する補助作業を必要としないのであって、片桐自身、以上のことは知悉していたことが肯認できる。したがって第一工場の現場責任者として、ターレット旋盤によるパイプの切断作業につき直接指導監督の責任を有する片桐としては、前示二米前後の真鍮パイプを切断する場合、予め同パイプを、同工場に設置してある鋸盤(以上は、≪証拠省略≫により肯認できる。)等を使用して一米前後の長さに切断したうえで、前示の切断作業を開始すべく指導することにより、上来説示したような補助作業の実施を避止し、もって該作業による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を有していたものというべきである。

ところが片桐は、昭和四六年秋以来、補助作業員を使用する前示のような切断作業を実施したところ特段事故の発生をみなかったところから、補助作業の安全性を過信し、該作業方法を維持継続した結果、本件事故が惹起されたことは、前出諸証拠に照らし明らかであるから、同人は、過失の責を免れえないものといわなければならない。

3  さようなわけで、被告合資会社同株式会社は、片桐忠喜の使用者として、同人の不法行為により山西イヱならびにその死亡により原告らの被った損害を賠償する義務を有する。

(二)  被告石崎智之の不法行為責任について

≪証拠省略≫を総合すれば、被告智之は、前に触れたように被告合資会社同株式会社の事実上のいわゆる専務取締役の地位に在り、みぎ両会社の経営全般を統括し、茨城工場については、毎月下旬の五日間同工場に出張し第一課長片桐忠喜第二課長佐藤端男ら現場責任者を指揮監督し、作業工程の決定、人員配置、安全管理の面に関与するほか、機械設備の購入設置、材料の選択等のことについては自ら直接これを担当していたこと、被告合資会社は昭和四五年一二月ごろ前示ターレット旋盤を桐生機械株式会社から購入したのであるが、この旋盤を操作して一米を超える素材を切断する場合に使用する棒材自動送り出し装置(バーフェイド装置と称し、ターレット旋盤で長い素材を切断する場合この装置を使用すれば、上来説明したような補助者の作業は不用となるのである。)が、同会社から、前示旋盤の附属部品として売出されており、以上の事実は当時被告智之も承知していたこと、前示のような長さ二米前後外径二二耗肉厚三・三耗の真鍮パイプを佐々木金属株式会社に注文したうえ、これを素材として茨城工場に送付したのはすべて同被告の指示によるものであること、そしてさような素材を茨城工場に送れば、これをターレット旋盤により切断する場合、被告合資会社において十数年来採用されてきた方法すなわち上来説明したような補助者を付した作業を実施することは、被告智之自身知悉していたことが肯認でき(る。)≪証拠判断省略≫

ところで、パイプをターレット旋盤により切断する場合、これを保持する補助者の作業は危険を伴う作業であるから、その実施は避けなければならないこと前掲のとおりであるから、被告智之としては、前示のような素材を茨城工場に送り込む場合には、予め棒材自動送り出し装置を需めてターレット旋盤に附置するか、さもなければ、ターレット旋盤による切断作業開始前素材であるパイプを予め一米前後の長さに切断しておくことを現場主任である片桐に指示し、よって本件のような事故の発生を防止すべき注意義務があったものというべきである。ところが、被告智之は、自ら学生時代に被告合資会社東京工場において、長さ約五米外径一二・七耗肉厚〇・八耗のパイプを旋盤で切断する際に前掲のような補助作業に従事し特段事故の発生をみなかった過去の経験にかんがみ、前掲の場合も補助作業に危険は伴なわないものと軽信し、前示のような機械装置の整備を怠たり、かつ片桐に対する前示指導監督を怠たった過失の責は免れないものといわなければならない。

(三)  被告石崎秀雄の責任について

被告秀雄が被告合資会社の無限責任社員であり、被告株式会社の代表取締役であることは当事者間に争いがない。しかしながら、被告秀雄が現実に、前示茨城工場の第一工場における本件真鍮パイプ切断作業の指揮、監督をなす立場に在り、具体的に自己の職務としてさような指揮監督を担当していたという点については、これを肯認できる証拠は存在しない。したがって、同被告は本件事故について、一般不法行為上の責任も、また商法第二六六条の三に定める損害賠償責任も負うものではない。さらに被告合資会社の債務超過の事実については、これを肯認できる証拠が存在しないから、被告秀雄は商法第八〇条第一項に定める責任を負ういわれはない。

四  亡山西イヱの過失の有無

≪証拠省略≫を総合すると、亡イヱは本件事故発生の日の前日(昭和四七年二月八日)午後、前示片桐忠喜に命ぜられ、はじめて上来説示したような素材パイプを保持する作業を経験したのであるが、その際同人から、みぎ作業をするときの素材パイプに対する体の位置、これを保持する手の位置および素材パイプに通した鉄パイプの握り方について指導を受けたのであるが、本件事故発生の日も前日同様、指導されたとおりの方法で作業を遂行していたことが肯認できるのであって、とくに亡イヱに作業上の過失があった形跡を認めるに足りる証拠はみいだしえない。

五  損害

(一)  亡イヱの逸失利益

1  給料収入

≪証拠省略≫を総合すれば、亡イヱの被告合資会社における本件事故発生前六ヵ月すなわち昭和四六年八月から同四七年一月までの月平均の稼働日数は二三・六日であり、事故当日の日給額は、金一、五〇〇円であることが認められるから、当時の月収は金三万五四〇〇円と認めるのが相当である。また前出証拠によれば、昭和四六年四月六日被告合資会社に入社した亡イヱが、支給を受けた賞与は、同年六月金二万円、同年一二月金四万五〇〇〇円であることが肯認できるので、昭和四七年以降支給が予定される賞与は、年額金一〇万円を下らないものと認めるのが相当である。したがって同人の一ヵ年の収入は金五二万四八〇〇円となる。ところで≪証拠省略≫を総合すると、亡イヱは大正一四年三月二〇日生れで、旧制四年制高等女学校を優秀な成績で卒業したこと、被告合資会社には事務職を本務として採用され、金銭出納事務、生産および労務関係の集計表の作成等に従事し、旁ら第二工場等における軽作業をも行なってきたこと、および同人は本件事故発生当時心身ともに健全であったことが肯認できる。以上の事実に徴すると、亡イヱは一八年間被告株式会社に就労できたものと認めるのが相当である。つぎに≪証拠省略≫を総合して認められる亡イヱの家族構成、その年令・職業、抹養家族数等を斟酌すると、控除すべき生活費は収入の三分の一と認めるのが相当である。以上の事実に基づき、民法所定年五分の割合による中間利息の控除をホフマン複式年別計算法により行なうと、亡イヱの逸失利益の現価は、つぎの算式により金四四〇万九三六九円(円未満切捨)となる。

524,800円×2/3×12.603=4,409,369.5円

なお原告らは、亡イヱの逸失利益の算定にあたり、昭和四八年度の賃金構造基本統計調査結果による全企業女子労働者の平均賃金を基準とすべき旨主張するが、亡イヱは本件事故発生当時、給料所得者(有職者)であったのであるから、同人が現実に被った損害すなわち逸失利益は、本件事故前の収入を基準として将来の収入見込額を算定すべき筋合であること被告らの主張するとおりである。原告らはまた、昭和四九年春斗以降の賃金上昇率を斟酌すべき旨主張するが、そのことは大企業については妥当することがありえても、被告株式会社のような小規模な企業については、極めて疑問とせざるをえないのみならず、生活費の増加を考慮するときベースアップだけを云為することは相当であるまい。

2  米穀商による収入

≪証拠省略≫によれば、本件事故発生当時山西家は、原告儀一の父輝の登録名義のもとに米穀商を家業として営んでいたことが認められ、さらに、これにより挙げる純益が一ヵ月金四万円を下らないことが認められなくもない。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、亡イヱは茨城工場の勤務を終えた午後五時以降、しかも炊事をし、かつ重症身体障害者である二女雅子の食事の面倒をみながら、米穀の主として店売りに従事してきたことが認められ、他方、前示証拠により肯認できる山西家の家族構成、その年令・職業等にかんがみるとき、亡イヱの家族で昼間米穀商に従事する者もいたことは否定できないのであるから、米穀商による前示純益のうち、亡イヱの労務による寄与部分はさして大きいものとは考えられないが、それが果して幾何であったかについては、本件に顕われた全証拠によっても推認できない。

3  相続

≪証拠省略≫を総合すると、原告らは亡イヱの相続人の全てであることが肯認でき、原告儀一が夫、同人を除くその余の原告らがいずれも嫡出子であることは当事者間に争がないから、亡イヱの前示逸失利益金四四〇万九三六九円の賠償請求権のうち、原告儀一は六分の二の金一四六万九七八九円(円未満切捨)その余の原告らは各六分の一の金七三万四八九四円(円未満切捨)を相続により承継取得したことになる。

4  遺族補償年金の支給について

(1) ≪証拠省略≫を総合し、かつ労災保険法第一六条の二同条の三および当時施行の同法別表第一同法施行規則第一五条別表障害等級表に照らし検討すると、本件の場合受給権者は原告雅子同由美子の両名であること、政府は昭和四七年八月二二日労災保険法による遺族補償年金四七万九二〇〇円を支給(前払)したがその際、原告儀一の両親である山西輝および山西あさも受給資格が有るものと誤認し、原告由美子が一八才に達する間の分については当時施行の労災保険法別表第一の遺族補償年金(区分)の下欄四号により該年金額を、給付基礎年額の一〇〇分の五五として算出したことが肯認できる。しかしながら前示金四七万九二〇〇円が何時までの遺族補償年金の前払であるのか、すなわち原告雅子、山西輝(のちに死亡)山西あさの分については、原告由美子が満一八才に達した以降の分も含んでいるのかどうか、前示原告両名に対し、所定の手続のもとに支給されたのかどうか、支給されたとしてその金額ははたしていくらなのか等の点については、これを明確になしうる証拠が存在しない。以上何れにしても、前示金員には山西輝、山西あさを受給資格者として計算された分を含んでおり、この増額分は受給権者において不当利得したことになり、当然に爾後の遺族補償年金債務の支払に充当されることにはならない。

さようなわけで、原告雅子同由美子の有する前掲(一)3所掲の各金七三万四八九四円の損害賠償請求権のうち、当時施行の労災保険法第二〇条によって政府が代位取得すべき金額については、しょせん立証を欠くものといわなければならない。

(2) つぎに被告らは、原告らは将来遺族補償年金として毎年金二四万〇四九八円の支給を受けることが確定しているから、将来遺族補償年金として少なくとも合計金一五〇万円の支給を受けることは確実であるから、この金額は原告らの損害賠償請求額から控除すべきである旨主張するので、以下検討を加える。≪証拠省略≫を総合すれば、原告らのうち遺族補償年金の受給権者は、前示のように原告雅子同由美子(ただし原告由美子は満一八才に達するまで)であり、他に受給資格者が存在しないことが認められるが、みぎの原告らが、労災補償法第一六条の三第二項および当時施行の同法別表第一により将来支給を受けることに確定している遺族補償年金額がいくらであるかについては、これを肯認できる証拠が存しない。したがって被告らの前記主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がないことになる。

(二)  葬儀費用

原告山西儀一が被告株式会社から葬儀費用として金三〇万円を受領したことは、当事者間に争いがなく、また同原告が労災保険から葬祭料として金九万五九四〇円の給付を受けたことは、同原告の自認するところである。また≪証拠省略≫によれば、被告株式会社が亡イヱの葬儀当日葬儀を取り仕切る世話人に雑費として金三万円を支払ったことが認められる。ところで以上の金員は合計金四二万五九四〇円となるのであるが、原告儀一がみぎ金額以上の支出をし、かつその損害としての相当性については、これを肯認できる証拠が存在しない。

(三)  原告儀一の家政婦雇入費用相当額の損害について

原告儀一は、山西イヱが死亡した結果、重症障害者である原告雅子の親してその世話をすべき立場に在るが、それを果たすためには家政婦を必要とするとして、その二〇年間の雇入費用合計額の現価を損害として賠償請求するので、以下検討を加える。

≪証拠省略≫を総合すると、原告儀一の二女である同雅子は脳性小児麻ひのため手足が全く機能を果たさず、食事の摂取をはじめ日常生活のうえで助力、介護を必要とするのであるが、イヱの存命中は主として同人が面倒をみていたところ、同人亡きあとは、原告儀一が生活を共同にする親として、さような重症身体後遺障害者である原告雅子に対する生活保持の義務を一身にあつめることとなったことが認められる。しかしながら、原告儀一は、イヱの存命中といえども、同人とともに斉しくみぎ生活保持の義務を負うていたことは疑いがなく、イヱが面倒をみていたがために、自ら直接に、または家政婦等を雇入れて、助力介護のことに当らなかったとしても、これによって原告儀一の受ける利益は法の保護に値する利益でないことは明らかであろう。したがって、さような利益を喪なったからといって、これを目して、本件不法行為と相当因果関係に立つ損害ということはできない。

(四)  慰藉料

≪証拠省略≫を総合すると、亡山西イヱは本件事故発生当時、夫である原告儀一(四五才)との間に、原告節子(二四才茨城県庁勤務)同雅子(二〇才)同麗子(一八才高校三年)同由美子(一六才高校一年)をもうけていたが、前述のように昭和四六年四月以降被告合資会社に勤務し、原告儀一のでん粉工場の経営による借財の返済や子女の教育に資してきたほか、原告雅子の身の回りの面倒をみてきたのであるが、漸く生計も安定してきた矢先本件事故に遭い、脳挫傷、頭蓋骨骨折という瀕死の重傷を負い治療の甲斐もなく意識不明のままこの世を去ったものであり、原告儀一は、遺された前述のような身体障害者である原告雅子を抱えた男親として、その心中は察するに余りあり、原告節子は、長女として亡イヱに代わる立場に在り、また原告雅子は上来説示したような体の不自由な身として、さらに原告麗子同由美子は学業半ばの身として、それぞれ打撃を被ったことが肯認できるのである。以上の事実と本件口頭弁論に顕われた諸般の事情を総合して考えると、原告儀一に対しては金三〇〇万円、原告雅子に対しては金二〇〇万円、原告節子同麗子同由美子に対しては各金一〇〇万円をもってそれぞれ慰謝すべきが相当であると思料する。

六  弁護士費用

以上説示したところから明らかなように、被告株式会社同合資会社同石崎智之は、各自、原告山西儀一に対し金四四六万九七八九円、原告山西雅子に対し金二七三万四八九四円、原告山西節子同山西麗子同山西由美子に対し金一七三万四八九四円を支払う義務を有するところ、≪証拠省略≫によれば、前示被告らはその任意の支払に応じないので、原告らは弁護士である本件原告ら訴訟代理人に対し本訴の提起と追行を委任し、報酬を支払うことを約したことが認められるが、本件事案の難易、審理の経過、請求額、認容額その他本件口頭弁論に顕われた一切の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係のある損害に該当するものと思料される弁護士費用は、原告山西儀一につき金二〇万円、同山西節子同山西雅子同山西麗子同山西由美子につき各金一〇万円と認めるのが相当である。

七  よって、原告らの(一)被告株式会社同合資会社同石崎智之に対する請求は、同被告らに対し、各自、原告山西儀一に対し金四六六万九七八九円および内金四四六万九七八九円に対する昭和四七年二月一五日から支払がすむまで年五分の割合による金員の、同山西雅子に対し金二八三万四八九四円および内金二七三万四八九四円に対するみぎと同期間同率の金員の、同山西節子同山西麗子同山西由美子に対し各金一八三万四八九四円および内金一七三万四八九四円に対するみぎと同期間同率の金員の、各支払を求める限度で正当として認容し、その余はいずれも失当として棄却し、(二)被告石崎秀雄に対する請求を失当としていずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条第九二条第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎政男 裁判官 菅原敏彦 裁判官小松平内は東京地方裁判所判事補の職務代行のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 石崎政男)

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